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「介護していた兄が、親の通帳から何百万円も引き出していたらしい」「亡くなった翌日に、まとまった出金がある」——相続で深刻な争いになりやすいのが、預金の使い込みです。結論から言うと、まず取引履歴で事実を確かめ、そのうえで「亡くなる前の引き出しか、亡くなった後の引き出しか」で取り戻し方が変わります。亡くなった後の引き出しは、2019年の民法改正(906条の2)で遺産分割の中で扱いやすくなりました。亡くなる前の引き出しは、原則として遺産分割とは別に、不当利得・不法行為として請求する問題になり、時効もあります。この記事では、確認の手順、請求の考え方、期限を、法令と公的な案内をもとに整理します。
相続の預金使い込みで最初に押さえる結論
| 疑問 | 結論(一般的な考え方) |
|---|---|
| 事実はどう確かめる? | 金融機関で取引履歴を取り寄せる。相続人の1人だけでも請求できる |
| 引き出し=使い込み? | 本人のための生活費・医療費・介護費や、本人が了承した贈与なら使い込みではない |
| 亡くなった後の引き出し | 民法906条の2で、引き出した人以外の相続人の同意があれば遺産に含めて分けられる |
| 亡くなる前の引き出し | 不当利得の返還請求・不法行為の損害賠償請求として扱うのが原則 |
| いつまで請求できる? | 不当利得は知った時から5年(最長10年)、不法行為は知った時から3年(最長20年) |
「使い込み」かどうかは何で判断されるのか
預金が減っていても、それだけで使い込みとは言えません。親の口座を管理していた人が、親の生活費や施設の費用、入院費を払っていたなら、それは本人のための正当な支出です。また、親が自分の意思で子に渡したお金は贈与であり、相続では特別受益として調整するかどうかの問題になります。
争点になるのは、次の3つを区別できるかどうかです。
| 区分 | 例 | 相続での扱い |
|---|---|---|
| 本人のための支出 | 生活費、医療費、介護・施設費用、税金や公共料金 | 問題にならない |
| 本人の意思による贈与 | 住宅資金の援助、孫の学費 | 特別受益として調整を検討 |
| 本人の意思によらない出金 | 管理者が自分のために使った、亡くなった後に無断で引き出した | 返還・賠償の請求や、遺産への組み戻しを検討 |
取引履歴で事実を確かめる手順
相続人の1人だけでも取引履歴の開示を求められる
最高裁判所は平成21年1月22日の判決で、金融機関は預金者の求めに応じて取引経過を開示する義務を負うこと、そして共同相続人の1人は、被相続人名義の口座の取引経過の開示を単独で求められることを示しました。ほかの相続人の同意がなくても、自分が相続人であることを戸籍などで示せば請求できるのが基本です。必要書類や手数料、さかのぼれる期間は金融機関ごとに違うので、窓口で確認してください。口座の凍結や相続手続きの流れは銀行口座の凍結と預貯金の相続手続きで解説しています。
取引履歴で見るポイント
- 出金の時期:亡くなる前か後か。入院中や施設入所中など、本人が自分で引き出せない時期の出金はないか
- 金額と頻度:生活費として自然な額か、急に大きな額が増えていないか
- 出金の方法と場所:ATM・窓口・振込のどれか。振込なら振込先はどこか
- 本人の状態:その時期の判断能力や体調(介護記録、診断書、施設の記録など)
- 支出の裏づけ:施設・病院の請求書や領収書と照らし合わせて説明がつくか
管理していた人に説明を求める
出金の流れがつかめたら、口座を管理していた人に「この時期のこの出金は何に使ったか」を具体的に尋ねます。領収書や家計簿で説明できれば、それで疑いが解けることも少なくありません。説明がつかない出金(使途不明金)が残ったときに、次の「取り戻す方法」を考えます。
取り戻す方法は「いつ引き出されたか」で変わる
亡くなった後の引き出し:民法906条の2で遺産に含められる
2019年7月1日に施行された民法906条の2は、遺産分割の前に遺産が処分された場合でも、相続人全員の同意で、その財産が遺産分割の時に存在するものとみなせると定めました。さらに、処分したのが相続人の1人であれば、その人の同意は要らないとされています。つまり、ほかの相続人が同意すれば、引き出された預金を「あるもの」として遺産分割できます。
法務省の説明資料では、長男と次男が相続人で、遺産が預金2,000万円、長男に生前贈与2,000万円がある例で、長男が相続開始後に1,000万円を引き出した場合が示されています。改正前は長男の取り分が大きくなる不公平が残りましたが、引き出した1,000万円を遺産に含めて計算し、長男が次男に代償金を払う形で、出金がなかった場合と同じ結果を実現できるとされています。この規定は、原則として2019年7月1日以後に開始した相続(亡くなった日がそれ以後)に適用されます。
亡くなる前の引き出し:不当利得・不法行為として請求する
生前に本人の意思によらず引き出された預金は、906条の2の対象ではありません(同条は遺産分割前、つまり相続開始後の処分についての規定です)。この場合、亡くなった人は引き出した人に対して「お金を返して」と求める権利(不当利得の返還請求権、民法703条・704条)や、損害賠償を求める権利(不法行為、民法709条)を持っていたことになり、その権利を相続人が相続分に応じて引き継いだ、と考えるのが一般的です。
相手が話し合いで返還に応じなければ、地方裁判所などでの民事訴訟で請求することになり、引き出しが本人の意思によらないことは、請求する側が記録で示していく必要があります。なお、相続人全員が納得すれば、使途不明金を遺産分割の中で差し引いて調整する、という合意で解決することもできます。家庭裁判所の調停で話し合う場合の流れは遺産分割の調停・審判を参考にしてください。
請求できる期間(時効)に注意
| 請求の根拠 | 時効(2020年4月1日以後に生じた請求権) | 条文 |
|---|---|---|
| 不当利得の返還請求 | 権利を行使できることを知った時から5年、行使できる時から10年のいずれか早いほう | 民法166条1項 |
| 不法行為の損害賠償請求 | 損害と加害者を知った時から3年、不法行為の時から20年のいずれか早いほう | 民法724条 |
時効の規定は2020年4月1日施行の民法改正で見直され、それより前に生じた請求権には改正前のルールが適用される場合があります。引き出しが何年も前にさかのぼるときは、どの時点で何を知ったかによって結論が変わるため、早めに専門家に確認しましょう。
また、生前贈与を特別受益として遺産分割で主張する場合は、民法904条の3により、原則として相続開始から10年を過ぎると考慮されなくなります(2023年4月施行。経過措置あり)。「使い込みか贈与か」で争っている間に期限を迎えないよう注意が必要です。
口座を管理している側が気をつけること
使い込みの争いは「お金の流れが見えない」ことから生まれます。親の口座を管理している人、これから管理する人は、次のことを心がけると、自分の身を守ることにもなります。
- 家計簿や出金メモをつけ、領収書を捨てずに保管する
- 大きな支出は、事前にほかのきょうだいにも共有しておく
- 本人のお金と自分のお金を混ぜない
- 亡くなった後は、自己判断で引き出さない。葬儀費用などで当面の資金が必要なら、遺産分割前の相続預金の払戻し制度(民法909条の2)を使う
亡くなった後に引き出して使うと、使い込みを疑われるだけでなく、相続放棄を考えている人は放棄ができなくなるおそれもあります(相続放棄の手続き)。親が元気なうちからの備えは高齢の親の財産管理で詳しく解説しています。
よくある質問
取引履歴は何年分までさかのぼれますか?
法律で一律に決まっているわけではなく、金融機関ごとの保存状況によります。必要な期間を伝えて、取得できる範囲と手数料を窓口で確認してください。
引き出した本人が「親に頼まれた」と言っています。
本人の依頼で、本人のために使ったのであれば使い込みではありません。依頼の有無や使い道を、出金時期の本人の状態や領収書などの記録と照らし合わせて判断していくことになります。本人が自分の意思で贈与したと認められれば、特別受益として扱うかどうかの問題になります。
亡くなった後の引き出しなら、必ず遺産に戻せますか?
906条の2は「引き出した人以外の相続人全員の同意」を前提にしています。また、そもそも相続人の誰かが引き出したことに争いがあるときは、その点を確かめる必要があります。一般的には、引き出した事実と金額をはっきりさせることが先決です。
弁護士には何を頼めますか?
相手との交渉や、調停・訴訟の代理は弁護士の業務です。取引履歴の読み解き、請求の根拠や時効の見通しの整理も含めて相談できます。依頼の目安は相続で弁護士に頼むべきケースにまとめています。
まとめ:記録で確かめ、「生前か死後か」で手段を選ぶ
相続の預金使い込みが疑われたら、まず取引履歴を取り寄せて、出金の時期・金額・使い道を確かめます。取引履歴は相続人の1人でも請求できます。亡くなった後の引き出しは民法906条の2で遺産に含めて分けられ、亡くなる前の引き出しは不当利得・不法行為として請求するのが原則です。不当利得は5年、不法行為は3年という時効があるため、疑いを抱えたまま時間を過ごさないことが大切です。そして、管理する側が記録を残し、家族でお金の流れを共有しておくことが、いちばんの予防になります(相続でもめる原因と防ぎ方)。
※本記事は2026年10月時点の法令と公的な案内をもとにした一般的な解説です。使い込みにあたるか、いくら請求できるか、時効が完成しているかは個別の事情で大きく異なります。具体的な判断は弁護士などの専門家にご確認ください。
裁判所「最高裁判所第一小法廷 平成21年1月22日判決(平成19(受)1919 預金取引記録開示請求事件)」https://www.courts.go.jp/hanrei/37210/detail2/index.html
法務省「民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律について(相続法の改正)」https://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00222.html
法務省「相続開始後の共同相続人による財産処分について」https://www.moj.go.jp/content/001263486.pdf
法務省「民法の一部を改正する法律(債権法改正)について」https://www.moj.go.jp/MINJI/minji06_001070000.html
e-Gov法令検索「民法」第166条・第703条・第704条・第709条・第724条・第904条の3・第906条の2・第909条の2 https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089






