相続の準備・終活

認知症になる前の相続対策|元気なうちにしかできない備えと選び方

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「親の物忘れが増えてきた。相続の準備はまだ間に合う?」——認知症への備えは、相続対策のなかでも後回しにされやすいテーマです。結論から言うと、遺言・贈与・任意後見・家族信託など、相続対策のほとんどは本人に判断能力があるうちにしかできません。判断能力が低下した後に使えるのは、主に家庭裁判所が関わる法定後見制度になります。日本公証人連合会は、国の認知症施策推進基本計画をもとに、認知症と軽度認知障害の高齢者を合わせると約1,000万人を超えると紹介しています。この記事では、認知症で「できなくなること」と、元気なうちに選べる備えの違い、目的別の選び方を整理します。

認知症になる前の相続対策が必要な理由

民法は、意思表示をした時に意思能力がなかった法律行為は無効と定めています(民法3条の2)。遺言についても、遺言をする時にその能力を有しなければならないとされています(民法963条)。認知症と診断されたら直ちに何もできなくなるわけではありませんが、判断能力が低下すると、次のような行為が難しくなり、後から有効性を争われるおそれも出てきます。

場面 判断能力が低下した後に起こりうること
預金の払い出し 銀行の預金は本人の資産で、家族でも本人の意思確認なしには払い出せないのが原則
不動産の売却・賃貸 本人が契約できず、自宅を売って施設費用にあてる、といった計画が進められない
遺言の作成・書き換え 新しく作れない。作っても遺言能力をめぐって争いになりやすい
生前贈与 贈与は契約なので、本人の意思が確認できないとできない
任意後見・家族信託の契約 契約を結ぶ能力が必要。低下後は法定後見しか選べなくなることがある

全国銀行協会は2021年に、認知判断能力が低下した顧客との取引について考え方をまとめています。そこでは、家族といえども預金者の預金を払い出すことはできず、成年後見人や任意後見人を介した代理取引が一般的とされています。本人のための医療費などの支払いに限って親族の払い出しに応じる場合もありますが、これは成年後見制度を利用していない場合の極めて限定的な対応と位置づけられ、対応は銀行ごとに異なります。親の財産管理で子ができることは高齢の親の財産管理で詳しく解説しています。

元気なうちに選べる主な備えの違い

判断能力があるうちに選べる備えは、目的によって役割が分かれます。「どれが一番よいか」ではなく、何に備えたいかで組み合わせるのが基本です。

備え 何に効くか 主な特徴・注意点
遺言書 亡くなった後の財産の分け方 生前の財産管理には使えない。公正証書にすると形式不備の心配が少ない
金融機関の代理人制度 元気なうちの日常の入出金 名称や範囲は金融機関ごと。判断能力が低下した後も使えるかは規定による
財産管理等委任契約 体が不自由になったときの財産管理 判断能力があるうちの備え。任意後見と同時に結ぶ例が多い
任意後見契約 判断能力が低下した後の財産管理・介護や医療の契約 公正証書で結び、家庭裁判所が任意後見監督人を選んだ時から効力が生じる
家族信託 自宅・賃貸不動産などの管理や売却 託した財産だけが対象。身上保護(施設入所の契約など)はできない
生前贈与 財産を早めに移す、相続財産を減らす 贈与税・持ち戻しのルールがある。管理の仕組みではない

このうち、判断能力が低下した後の財産管理を支えるのは主に任意後見と家族信託です。任意後見は本人が選んだ人に代理権を与える仕組みで、家庭裁判所が選ぶ任意後見監督人の監督を受けます。家族信託は、信託した財産について受託者(家族)が管理・処分の権限を持つ仕組みで、裁判所の監督はありません。それぞれの詳しいしくみは任意後見契約の始め方と家族信託とはをご覧ください。

目的別:認知症に備える対策の選び方

預金の管理と生活費の支払いに備えたい

まずは金融機関の代理人制度を確認し、そのうえで判断能力が低下した後に備えて任意後見契約を検討するのが一般的な順番です。全国銀行協会の考え方でも、任意後見監督人の選任後は任意後見人と代理取引を行うとされています。

自宅を売って施設費用にあてる可能性がある

判断能力が低下した後の不動産の売却は、法定後見では家庭裁判所の関与が必要になる場面があり、特に成年後見人が本人の居住用の建物や敷地を売却するには家庭裁判所の許可が必要です(民法859条の3)。売却の可能性が高い不動産があるなら、任意後見の代理権の範囲を確認するか、家族信託で受託者に売却の権限を持たせる方法を比べてみましょう。

介護・医療の契約も頼みたい

施設への入所契約や介護サービスの契約は、任意後見人の代理権の範囲に含めることができます。家族信託ではこうした身上保護の契約はできないため、家族信託を使う場合でも任意後見を併用する例があります。

財産の分け方を自分で決めておきたい

分け方は遺言で決めます。認知症が心配になってからの遺言は、後で「本当に本人の意思だったのか」と争われることがあります。公証人が本人の意思と能力を確認して作る公正証書遺言を早めに作っておくと安心です。

すでに判断能力が低下している場合判断能力がすでに不十分な場合は、新たに契約を結ぶことが難しく、家庭裁判所に申し立てる法定後見を使うことになります。軽度の場合でも契約できるかどうかは、公証人が本人や関係者の説明、医師の診断などをもとに個別に判断します。迷ったら、市区町村の窓口や地域包括支援センター、専門家に早めに相談しましょう(成年後見制度とは)。

元気なうちにやっておきたい5つのステップ

  1. 財産と契約を一覧にする:預貯金・証券・保険・不動産・借入れなどの「在り処」をまとめる。パスワードそのものは書かず、どこに何があるかを残す
  2. 本人の希望を聞く:住まい・介護・医療・財産の分け方について、本人がどうしたいかを確認する(親に財産を聞く切り出し方)
  3. 管理の担い手を決める:誰が財産管理を手伝うか、家族で話し合う。きょうだいがいる場合は、記録を共有するルールも決める
  4. 制度を選んで手続きする:代理人制度・任意後見・家族信託・遺言から、目的に合うものを選ぶ。公正証書が必要なものは公証役場に相談する
  5. 贈与をするなら計画的に:贈与は契約なので、判断能力があるうちにしかできない。記録を残し、2024年からの持ち戻し7年のルールも踏まえる(生前贈与の基本)

家族で話すときの注意点

認知症への備えは、本人にとって「自分の能力が疑われている」と感じやすい話題です。「もしものとき、あなたの希望どおりにするために」と、本人の意思を尊重する目的を伝えると話しやすくなります。任意後見人には本人の意思を尊重する義務があり(任意後見契約に関する法律6条)、制度自体も本人の自己決定を支える考え方に立っています。家族が先回りして決めるのではなく、本人が決めることを支える姿勢が大切です。

よくある質問

認知症と診断されたら、もう遺言は書けませんか?

診断されたことだけで直ちに書けなくなるわけではありません。遺言をする時に、その内容を理解し判断できる能力があるかで決まります。ただし後で争いになりやすいため、公正証書遺言にする、医師の診断書を残すなどの備えが一般的です。最終的な判断は専門家に相談してください。

任意後見と家族信託はどちらがよいですか?

目的によります。施設入所や介護の契約まで任せたいなら任意後見、自宅や賃貸不動産の管理・売却を柔軟に任せたいなら家族信託が向くことがあります。両方を組み合わせる例もあります。費用や家族の状況も含め、専門家と比べて決めましょう。

親が対策を嫌がる場合はどうすればいいですか?

一度で決めようとせず、エンディングノートや財産の一覧づくりなど、負担の小さいことから始めるのが一般的です。本人が納得しないまま契約を進めることはできません。地域包括支援センターなど第三者の話を一緒に聞くのも一つの方法です。

まとめ:判断能力があるうちに「何に備えるか」を決める

認知症で判断能力が低下すると、預金の払い出し、不動産の売却、遺言や贈与、任意後見・家族信託の契約といった、相続対策のほとんどが難しくなります。元気なうちに、分け方は遺言で、低下後の財産管理と契約は任意後見で、不動産の管理・売却は家族信託で、と目的ごとに備えを選びましょう。まずは財産と本人の希望を把握することが出発点です。具体的な手続きは、公証役場や専門家、地域の相談窓口と相談しながら進めてください。

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※本記事は2026年10月時点の法令と公的機関・業界団体の資料をもとにした一般的な解説です。金融機関の対応は各社の規定によって異なります。判断能力の評価や、どの制度が合うかは個別の事情で変わるため、公証役場・家庭裁判所・専門家などにご相談ください。

参考にした公的情報・公式案内(2026年10月確認)
全国銀行協会「金融取引の代理等に関する考え方および銀行と地方公共団体・社会福祉関係機関等との連携強化に関する考え方」https://www.zenginkyo.or.jp/news/2021/n021801/
日本公証人連合会「4 任意後見契約」https://www.koshonin.gr.jp/notary/ow04
厚生労働省「成年後見はやわかり 任意後見制度とは(手続の流れ、費用)」https://guardianship.mhlw.go.jp/personal/type/optional_guardianship/
e-Gov法令検索「民法」第3条の2・第859条の3・第963条 https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
e-Gov法令検索「任意後見契約に関する法律」第2条〜第4条・第6条 https://laws.e-gov.go.jp/law/411AC0000000150
国税庁「No.4161 贈与財産の加算と税額控除(暦年課税)」https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4161.htm

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